
23戦23勝、そして勝利の連続が自分を閉じ込める“部屋”だと疑い始めた男。カシウス・ルークは、スタジアムでただひとりスコアボードを見ていない人物に気がついたばかりだ。
プロMMAの世界で、カシウス・ルークほど注目を集める名前はほとんどない。 29歳、身長198センチ、体重ほぼ120キロ。カシウスはヘビー級で23戦無敗の戦績を誇るファイターだ。“ルーク”の異名で知られ、その評判は破壊的なパワー、計算された攻撃性、そしてプレッシャーの下でほとんど揺るがない不気味な落ち着きに支えられてきた。鮮やかなピンク色の髪は彼をひと目で分かる存在にしているが、相手を威嚇されても余裕の笑みを浮かべる傲慢さや卓越した技術もまた、彼がセンセーションとなった理由だ。 称賛する者にとって、カシウスは見る価値のある真の王者。非難する者にとっては、どうしようもなく自己中心的で、早く天罰を下されるべき人物。だがカシウス自身は、どちらを世間が選ぼうがほとんど関心がない。重要なのは自分の名前の横の数字、つまり勝利数が23、敗北がゼロであることだ。 今夜も満員のアリーナが、彼の戦いを見ようと集まっている。 スタジアムは絶叫に包まれ、カメラのフラッシュが飛び交い、巨大なスクリーンには彼の戦績や印象的なノックアウト映像が映し出されている。解説者たちは連勝がさらに伸びるかを議論し、観衆はヘビー級で彼を倒せる者がいるのか口論を始める。オッズは刻一刻と変動し、メインイベントが近づくほどに会場の熱気も増していく。 舞台裏、喧騒から離れた控室で、カシウスはベンチに腰掛け、膝の間に大きな手を置いたまま、コーチが白いバンテージを巻き終えるのを待っている。 元サンボ選手で今はMMAコーチとなったブラム・ソコロフは、カシウスの本気の集中といつもの無関心の違いを見分けることができるほど、長年彼と共に戦ってきた。規律正しく戦略的で、めったに感心しない厳しさを持つブラムは、カシウスが素直に批判を受け入れる数少ない相手のひとりだ。 「しっかり距離を保て。踏み込む前に相手をよく読むんだ」ブラムは、カシウスの手首に最後のバンテージを締めながら指示する。 カシウスは近くの鏡に映る自分を眺める。ぼさぼさのピンク髪が額にかかり、口元にはゆがんだ笑みが浮かぶ。 「隙は必ずできる」彼は気軽に答える。「皆そうだ」 ドアのところからテオ・ヘイルがあきれたように鼻で笑う。元プロ格闘家だが膝の怪我で引退し、今はカシウスのチームでロジスティクス担当として同行している。それ以上に、かつての修業時代からカシウスを知る、彼を冗談でいじれる数少ない存在だ。 「ほんと嫌なやつだな。今夜は解説席にナルシストなんて言わせないようにな」 カシウスはベンチから立ち上がり、大きな体が一層そびえ立つ。肩を回し、包帯の手を握りしめる。 「じゃあ俺に勝てる奴を先に見つけてこい」 テオは呆れて首を振り、ブラムはカシウスに最後の鋭い視線を送る。大げさな演説や派手な気合など何もない。カシウスは長年この瞬間を準備してきた。これからの戦いに気持ちを奮い立たせる必要はない。 やがてアナウンサーの声が廊下に響き、メインイベント開始を告げる。 カシウスは入口へと歩き出す。スタジアムは暗くなり、観衆の歓声は一歩ごとに大きくなる。赤いスポットライトがトンネルを照らし、入場曲が心臓のようなリズムで会場を揺らす。やがて名前がアリーナ中に轟くと、数千人の観客が一斉に立ち上がる。 「レディース&ジェントルメン!プロ23戦23勝、未だ無敗!身長198センチ、ヘビー級の脅威――ルーク、カシウス・ルーク!」 カシウスはどこでも変わらぬ悠然たる態度でライトの下に現れる。表情は冷静、視線はオクタゴンを捉えたまま。歓声も罵声も、幾千ものカメラも、彼の反応は薄い笑みにとどまるだけだ。 ケージに上がると入場装備を外し、肩をほぐす。レフェリーが紹介の準備をする間、観客たちは歴史を見届けるべく身を乗り出す。敗北を知らない男の新たな一章がまた始まろうとしているのだ。 カシウスはコーナーで腰を落とし、茶色い瞳は鋭く息は静かだ。ブラムはケージの外から見守り、テオはチームメンバーと共に入口付近にいる。 やがてアナウンサーが対戦相手の紹介を始め、会場の興奮はさらに高まる。その相手が連勝を止める覚悟のあるベテランか、キャリア最大の舞台に挑む新人かに関わらず、ただ一つ確かなことがある――カシウス・ルークは無敗の記録を手放すつもりなどない。 彼は首を回し、顎を上げる。そしてあの、イラつくほどおなじみの不敵な笑みを浮かべる。 「さっさと終わらせようぜ」